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横浜地方裁判所 昭和48年(ヨ)652号 決定 1973年 10月 15日

申請人 小野瀬忠

右代理人弁護士 佐伯剛

同 宮代洋一

同 高荒敏明

同 陶山圭之輔

同 陶山和嘉子

被申請人 イースタン観光株式会社

右代表者代表取締役 岩田義泰

右代理人弁護士 本谷康人

同 藤本昭

主文

1  申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。

2  被申請人は、申請人に対し昭和四八年七月以降本案判決確定に至るまで毎月二六日限り九万一六〇四円を仮に支払え。

3  手続費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

申請人は、主文1、2項と同旨の裁判を、被申請人は「本件申請を却下する。手続費用は申請人の負担とする。」との裁判を、それぞれ求めた。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

被申請人は、自動車による旅客運輸、旅行斡旋等の業務を目的とする株式会社で、東京に本社が、横浜に神奈川営業所がある。

申請人は、昭和四八年三月一六日被申請人の観光バス運転手として採用され、翌一七日から神奈川営業所に勤務した。

2  解雇

申請人が被申請人の業務命令により昭和四八年七月一〇日自衛隊富士学校に二泊三日の予定でいわゆる体験入隊中、その夜、教官に無断で自宅に帰ったところ被申請人は、それを無断脱走であるとし、自衛隊に対する被申請人の信用を落したように主張し、そのことならびにこれよりさき六月一二日申請人が無断欠勤して課長から注意を受けたことを挙げ、申請人の右二つの行動を総合して被申請人の従業員たる資格に欠けるところがあると断じ、申請人を懲戒処分としての諭旨解雇とした。

3  解雇の無効

しかし右諭旨解雇は次の事由により無効である。

イ 解雇は、被申請人神奈川営業所内掲示板に告示として昭和四八年七月一七日公表(掲示)されたことにより行なわれた。被申請人の権限ある職員から申請人に対し書面又は口頭による明示の意思表示があったわけではない。

ロ 被申請人の申請人に対する体験入隊の業務命令は左の事由により違法かつ無効である。

されば、申請人の行動がこの業務命令に反したからといって服務規律違反となるものではなく、解雇事由とすることはできない。

a 自衛隊への体験入隊のことは、被申請人の就業規則中にその定めはなく、申請人と被申請人間の労働契約の内容にもなっていない。

b 自衛隊の存在は憲法九条に反する。違憲の存在たる自衛隊に従業員を入隊、訓練させようとする業務命令は、憲法一九条に違反する。

c 被申請人は、昭和四七年春ころから自衛隊除隊者を管理職として採用し、労務管理を強化するとともに、体験入隊と称して従業員を自衛隊に短期入隊させる方針をうち出した。

そして体験入隊中は自衛隊員の指揮命令のもとに敬礼・号令・集合・解散・整列・行進等の軍隊にふさわしい訓練が反復して行なわれることになっている。バスの運転手にとって労務の提供と関連のある客との対応のしかたや運転技術の訓練などを受けるのならば格別、前記のような軍事訓練は申請人の労務の提供と全く関連がない。

したがって、申請人にとって不必要な訓練なのである。

以上のように体験入隊は、被申請人の従業員に職務との関連のない不必要な訓練を受けさせることを内容としているから入隊を命ずる業務命令は無効である。また、かかる訓練によって何事にも服従する心構えを養わせ、その内心の自由までも奪うことを目的としているから、かような業務命令は民法九〇条の公序良俗に違反することを目的とする無効な業務命令である。

ハ 本件解雇には正当の理由がない。

即ち、申請人は前記入隊当日午後一時から午後五時三〇分までの間休む間もなく既述のような軍隊的訓練を受け、夜は防衛講話と自衛隊PR映画の上映が行なわれた。

ところが、申請人は、この講話が始まる前、身体の調子が悪かったので教官たる隊員に休みたい旨告げたところ、「薬はない。おれが治してやる。」と怒鳴られたので、冷酷さにいたたまれなくなり、その夜隊の宿舎を出て帰宅したのである。

また被申請人の言う申請人の無断欠勤については、申請人は欠勤した翌日被申請人の了解を得ている。

被申請人が解雇事由に挙げたこの二つの事実はいずれも事案軽微であって、これを総合するも被申請人の言う諭旨解雇の正当理由とはなし難い。

4  賃金

被申請人からの賃金の支払は、毎月二〇日締切り、二六日支給と定められている。

申請人の解雇前三か月間の賃金は、四月分七万七六一七円、五月分八万一七二三円、六月分一二万一一六五円であって、一か月平均の賃金額は九万一六〇四円である。

5  保全の必要

申請人は、被申請人からの給与を唯一の生活の糧としている労働者で他に収入の道はない。したがってこの道を断たれるならば申請人一家の生活は破綻をきたし、著るしい損害を被る。

二  申請の理由に対する答弁

1  申請の理由1・2は認める。

被申請人は、その雇い入れる自動車運転手を中心として業務を運営している会社であるから、運転手の人材確保は社運を左右する重要事であるところ、この人材確保につき自衛隊除隊者に活路を見いだし、現に除隊者九名が勤務している。

もっとも被申請人が、自衛隊除隊者以外から採用する者もあるが、それらについては自衛隊の生活の一端を味あわさせ、自衛隊員との連帯意識を高揚し、今後の求人の資料とするため、自衛隊に短期間入隊して訓練を積むいわゆる体験入隊を採用の条件としている。

しかるに申請人は、入隊当日午後の訓練を受けた後、その当夜七時開始予定の防衛講話およびPR映画の時、遅れてスリッパ履きのまま出席し、教官から靴に履き換えて来るよう注意されたところ、身体の具合が悪いなどと言って二、三回問答し、結局五分以内に運動靴に履き換えて来るというので、居室に帰り、そのまま隊を脱走して自宅に帰ったのである。申請人の行動は労働契約上の債務不履行ともいうべく、責任感の欠如が著るしいことはもちろん、被申請人の自衛隊に対する信用を失ついせしめた。

右のことは被申請人の従業員就業規則七二条各号、七三条(2)、同規則の付属規程たる従業員懲戒規程六条(2)・(14)にあたる。そのため諭旨解雇したのである。

(就業規則七二条……従業員が次の各号の一に該当するときは別に定める従業員懲戒規程により懲戒する。

(1)……この規則又はこの規則にもとづいて作成された諸規程に違反したとき。(2)……業務上の義務に違反し又は職務を怠ったとき。(3)……従業員としてふさわしくない行為のあったとき。七三条……懲戒は次のとおりとする。

(2)……諭旨解雇。懲戒規程六条……諭旨解雇、格下げ、出勤停止、業務停止、減給は次の各号の一に該当する場合にその情状によりそれぞれこれを適用する。但しその程度により譴責処分とすることができる。(2)……勤務に関する手続その他の届出を怠り、又は偽ったとき。(14)……服務規律に違反する行為のあったとき)。

2  同3、イのうち、解雇事由公表(掲示)の事実は認める。仮にこの公表が解雇の意思表示の到達としては不充分であるとするも、被申請人の乗務課長大森芳は、昭和四八年七月一六日被申請人神奈川営業所乗務課事務室で申請人に向い諭旨解雇の意思表示を口頭でした。即ち大森は申請人の自衛隊訓練放棄の理由をただし、申請人に任意退社を勧告したところ、申請人は生活に困るから解雇予告手当が欲しいと返答したので、同課長は、任意退職では右手当を支給することができないことを伝え、業務命令違反ということで諭旨解雇とするのであるならば、その支給が可能である旨告げるや、申請人はこれに同意した。そこで大森は諭旨解雇にすることを申請人に告げた。翌々一八日被申請人の助役島田、蛭田の両名が申請人宅へ解雇予告手当一か月分九万一四七〇円を持参し、申請人はこれを受領した。したがって諭旨解雇の処分は昭和四八年七月一八日にあった。

3  同3、ロ、aのうち、就業規則に体験入隊の定めがないことは認めるが、被申請人は申請人を採用した前記三月一六日、その採用にあたり申請人と面接し、いわゆる体験入隊の事実を告げ、申請人はこれを承諾したのであるから、体験入隊は労働契約の内容となっている。

それゆえ、就業規則にその定めがなくても、入隊を命ずる業務命令は適法、有効である。

4  同3、ロ、bは否認。

5  同3、ロ、cのうち、被申請人が体験入隊として従業員を自衛隊に短期間入隊させていることを認め、ほかは争う。入隊中は防衛講話、隊内見学、初歩動作、号令などの訓練があり、もちろんこの間に休憩があるのであるから、軍隊にふさわしい訓練であるのではなく、また申請人の提供する労務提供と全然関連がないわけではない。されば入隊を命ずる業務命令は公序良俗に反する事項を内容としているのではない。

6  同3、ハは争う。

7  同4のうち、賃金の支給方法、支給日、各月の支払額は認める。但し一か月当りの平均賃金は九万一四七〇円である。

三  被申請人の積極主張

仮に何らかの理由で諭旨解雇が無効であるとするも、前記二、2の昭和四八年七月一六日および翌々一八日にあった事実は一面において被申請人と申請人間の雇傭契約が合意解約されたことを示すものにほかならない。即ち右契約は右七月一六日あるいは遅くとも翌々一八日合意解約となった。

四  被申請人の積極主張に対する申請人の主張

申請人は、被申請人主張の年月日、場所でその主張の大森芳と会い、同人から自衛隊訓練放棄の理由をきかれかつ任意退社の勧告を受けたことならびに被申請人主張の年月日、場所においてその主張の島田らから解雇予告手当として被申請人主張の金員を受領したことは認めるが、その余は否認。

島田らは申請人に執拗に受領を強要するので、申請人は已むを得ず受取ったのであって、合意解約に同意していない。金員は受領後即日被申請人に返送した。雇傭契約は合意解約されていない。

理由

A  申請の理由1、2は当事者間に争いがない。

B  申請の理由3、イの解雇無効事由について審案する。

なるほど当事者間に争いのない申請の理由3、イの公表(掲示)をもって被申請人の解雇の意思表示があったものとするを得ないことは、申請人が主張するとおりである。

しかし、被申請人が二、2で主張する年月日、場所でその主張の大森芳が申請人と会い、申請人に向い、申請人の自衛隊訓練放棄の理由をただし、かつ任意退社を勧めたことは当事者間に争いがなく、疎明資料によると、右二、2の「……申請人は生活に困るから解雇予告手当が」から「……大森は諭旨解雇をすることを告げた。」までの事実が疎明される。

そして、右二、2の「翌日一八日」から「……これを受領した。」までの事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、被申請人の申請人に対する解雇の意思表示が存在したことは明らかである。従って申請人の解雇不存在の主張は理由がない。

C  申請の理由3、ロ、aの解雇無効事由について審案する。

就業規則に体験入隊の定めがないことは当事者間に争いがないけれども、疎明資料によると、被申請人が二、3で主張する事実は疎明される。

されば、体験入隊を命ずる業務命令は、雇傭契約に基づくものであって、根拠を有するものである。

D  申請の理由3、ロ、b、cの解雇無効事由については、まず自衛隊の存在が憲法に違反するかどうかが争いになっているけれども、この点を判断することはその余の争点を判断するのに不可欠であるわけではないから、その判断は省略する。

又体験入隊の業務命令の効力についても争いがあるが、Eで判断するとおり本件解雇は業務命令の有効、無効を論ずるまでもなく申請の理由3、ハの解雇無効事由により無効なのであるから、この点の判断も省略することとする。

E  申請の理由3、ハの解雇無効事由について審案する。

疎明資料によれば、被申請人が二、1で主張する事実ならびに規則、規程の存在する事実が疎明される。

また、これよりさき昭和四八年六月一二日申請人が無断欠勤して課長から注意を受けたことは申請人の明らかに争わないところである。

であるから申請人の自衛隊訓練放棄行為は、被申請人の就業規則七二条(2)の「業務上の義務に違反したとき」にあたり、かつ同懲戒規程六条(14)にあたり、申請人の無断欠勤行為は同懲戒規程六条(2)の「勤務に関する……届出を怠……」ったときにあたると解される。それゆえに、この二つの行為を総合して同懲戒規程六条に基づき申請人を諭旨解雇処分に付したことは適法である。しかし、申請人は入隊当日における午後の訓練を終了したこと、申請人はとにもかくにも講話および映画の時間に出席したこと、この出席につきスリッパを履いてなぜ悪いか、なぜ靴を履かなければならないかが疎明されないこと、また疎明資料によれば申請人は身体の不調を理由に講話を欠席したい旨述べたが、教官がその真偽を充分確かめることなくこれを拒絶したこともあって、訓練を続けることに嫌気がさして無断で自宅に帰ったことが疎明されること、採用以来約四か月間に無断欠勤が一回にすぎないことなど諸般の情状を考量すると、申請人に責任感の欠如があり、また被申請人の自衛隊に対する信用失ついが起るとするも、申請人を被申請人の企業外へ放逐し、労働関係を絶つこととなる諭旨解雇の処分は重きに失する。すべからく、申請人を被申請人の企業内に留めおいて反省の機会を与えしめる、もっと軽い処分に付するのが相当である。

以上の説示により、本件諭旨解雇には正当の事由がないというべきであって、諭旨解雇処分は無効である。

F  三の被申請人の積極主張に対する判断

被申請人が二、2で主張する大森芳が申請人に向い被申請人からの任意退社を勧めたことは当事者間に争いがないけれども、その際申請人が任意退社をも承諾したことの疎明資料はない。もっとも、右二、2の「翌々一八日」から「……これを受領した。」までの事実は、当事者間に争いがない。しかし疎明資料によれば、申請人が金員を受領したのは、前記島田、蛭田の両名が執拗に受領を要求するので、申請人は単にその場をとりつくろう気持でしたことが疎明される。そして即日その金員を被申請人に返送したことは被申請人の明らかに争わないところである。要するに昭和四八年七月一六日にも一八日にも申請人、被申請人間の雇傭契約が合意解約されたことの疎明はない。

G  賃金

申請の理由4は一か月平均賃金額の点を除き、当事者間に争いがなく、一か月平均賃金額の点は少なくとも申請人主張より下ることのない事実が疎明される。

H  保全の必要

申請の理由5は、その疎明がある。

I  結論

以上のとおり、債権者の申請は理由がある。よって諸般の事情を考慮し保証を立てさせないで、これを認容することとし、手続費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高橋雄一 裁判官 石藤太郎 大野市太郎)

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